「また、雨ですね」
彼女はベットの上で、そう言いながら、悲しげに微笑んだ。
そうだね、と返しつつ、恨めしげに見た窓からは、しかし陰鬱な空しか見えなかった。
「今日も、また、ここで時間を過ごすんですか?」
まるで悪戯をする子供のような顔で、少女は僕に問いかけた。
窓に向けていたままの顔で、彼女をじっと見つめる。
「冗談ですよ」
そう言いながら笑う彼女に、一瞬、見とれてしまって―――それに気づいて、恥ずかしいから、また窓に顔を向けた。
そういえば、今日は、土曜日・・・
その少女と最初に会ったのは、今週の木曜日で、たまたま―――そう、本当にたまたま倒れていたところを見つけたのだった。
正直、初めは死んでいるのではないか、と思ってびっくりした。
でも、その娘は地面に倒れながらも、うめき声を上げて、まるでそこかが痛むかのようにお腹を押さえていた。
髪の色は、いまではとてもめづらしい綺麗な黒。
見える横顔は、どこか柔らかく、そして繊細な形。
服は、何故地面に横になっているのに汚れないのか疑問に思うほどの白い服。
これを、おそらく白装束というのだろう。
身体全体は引き締まっていて、だがしかし柔らかい温かさを見てとれた。
容姿端麗、その一言で片付けることさえもおぞましいほどの美しさだった。
そう、僕の大好きだった、あの人のように。
怪しいと思った。
もちろん、何かの病気や事件なら、僕にはどうすることも出来ないとは分かってはいた。
だけど、やっぱり。
目の前で倒れている人を放っておけるほど、僕は落ちぶれてはいないわけで。
気づいたら彼女を僕の1DK、ロフト付きの狭苦しい部屋に連れてきていた。
もちろん、それには変な意味なんて無い。
ただベットの上に寝かせ、どうすればいいのか分からず、とりあえずおかゆを作ってあげた。
だがその日、少女はずっと眠り続けていた。
昨日、やっと目を覚ました彼女から、事情を訊こうとおもったら、第一声が「お腹がすいた」で拍子抜けしてしまい、訊くに訊けず、結局雨も降っていたから軽い自己紹介だけして、部屋で時間を潰した。
そのときの彼女の目には、僕がまるでクラスに必ず一人はいるような、友達のいない少年に映ったらしい。
確かに当たってはいるけれど、正確には僕の仕事には友達は必要ないからで。
とりあえず、それを説明するのも面倒だったから、彼女の目には今もそんな風に映っているに違いない。
もう夜になったこの部屋で、しかし電気をつけることもなく僕たちは座っていた。
「雨ですね」
少女は、どこか寂しげにそういった。
僕は窓を睨みつけながら、そうだね、と返した。
「・・・残念です」
何が、とは訊かなかった。薄々感じてはいたのだから。
「そろそろ・・・時間です」
彼女は僕に微笑んだ。
その後ろから見えた時計の長針は、この暗い部屋の中で頂上を目指していた。
「もしかして、私がなにか、気づいていましたか?」
僕は何も言わなかった。
ただ、彼女を抱きしめた。
「・・・覚えていてくれたんですね」
僕は気づけば泣いていた。
この針が12時を指す頃に、彼女が消えてしまうことを知っていたから。
そう、彼女は・・・
「時間です・・・」
顔を上げる。
彼女は悲しげに微笑み・・・そして。
「兄さん・・・」
その言葉と共に消えていった。
☆ ☆ ☆
「遅かったじゃないか」
相棒との喫茶店での待ち合わせ。
今日もこれから仕事に行く。
「普通の会社じゃ盆休みだ、ってのに、俺たちゃ仕事かよ、ったく・・・」
悪態をつきながらコーヒーを啜る彼にため息をつきながら、僕はアールグレイの紅茶を飲んでいた。
「なにかさ、最近面白いこととか無かった?」
そうだ。この話をしてやろうか。
きっと、怖い話が苦手の彼なら驚くに違いない。
「さぁて、いきますかね・・・」
彼は席を立った。僕もそれに続いた。
そして、今日も何も変わらず、僕たちのドライな仕事は始まる。
(注釈:万屋少女に出したかったキャラクターの一コマ。
ところどころ未熟だなぁ、と思う部分が多々ありますが。
日本語的におかしかったり。
改めて見返すと懐かしいなぁ・・・)