ところで、俺の巣の付近には、コンビニが多い。
なぜなら、水城(みずき)市上目蔦(かみめちょう)は、市内で唯一のコンビニ激戦区だからである。
水城市の中心と言っても過言ではないビジネス街、唐(とう)亜(あ)と一駅隣りということもあり、マンションやアパートなんかが多く建てられている。通勤の便を考えれば、必然的にそこに人が集まってくる。
となると、当然、スーパーやコンビニが必要になる。
その結果、自宅から歩いて五分以内の場所に四箇所もコンビニがあるという環境がざらに出来てしまうわけだ。
その中で、日が落ちた今の時間、俺が必ず行くのは家から最も近いウィークリーカワサキではなく、その次に近いハイソンでも三番目に近いファミリーメイトでもない。
歩いてジャスト四分の位置にある、徒歩五分圏内で行ける中では最も家から遠いシックス・トゥエルブである。
なぜシックスかって?確かに、家から歩いて一分もかからないカワサキの方が、弁当を温めて熱々のまま家で食べれるという点で、いいかもしれない。ハイソンは、特に百均の商品や野菜、パックの卵なんかも置いているため、コンビニ弁当以外にちょっとしたものを作るのであればありだ。ファミリーメイトは高級感のあるおにぎりが多く、またおにぎりは頻繁に新作が出るため、おにぎりの味に飽きることがない。
だがしかし。俺は、ここであえてシックスを選ぶのだ。
なぜなら――
「あら、いらっしゃぁい♪」
「ちっ……」
ガタイのいい大男がマッスルポーズで出迎えしてきたので、とりあえず聞こえるように舌打ちをしながら店内に入る。
なんでカウンター、店長なんだよ。
「もぉ、アタシずっとあなたのことを待ってたのよぉ? うふっ♪」
カウンターの筋肉丸坊主男が、謎のマッスルポーズをしつつ、こちらにウインクを投げてくる。
やばいな、軽く吐き気がしてきた。
「なぁ、トイレ借りていいか?」
「あっらぁ~♪もしかしてアタシを誘ってるの?」
「くねくねするな、頬を赤らめるな! あとポケットから出した薄いゴムはしまえ!!」
「えぇ? 生は危険よぉ~♪」
「そもそもそういう行為をしねぇよ!!」
「あっら~、残念ねぇ♪」
ここの店長は、このコンビニ激戦区でも非常に有名な名物オカマ店長である。
来る男性客を全て覚え、再び来るとやたら絡んでくる、ぶっちゃけめんどくさいやつだ。
おかげで、ほとんどの男性客はこの店に寄り付かない。
畜生、この時間だと、レジはあの子だと思ったんだが。
「というか、服を着ろ!!」
スルーしようと思ったが、考えている間にやたらとポージングしているから思わずツッコんでしまった。
くそ、まためんどくさいことになる。
「あっら~? 裸エプロンは私たちの業界じゃぁ立派なお洋服よぉ?」
「黙れ! あれは女の子が着るからいいものなんだ!!」
「あらぁ、アタシ、心は女よぉ? うっふ~ん♪」
「体も書類上も男だろうが! 筋肉達磨(だるま)の裸エプロンなんて、腐女子しか萌えねーよ!!」
「あらぁ、酷いわねぇ。もしかして、お兄さん今日、女の子の日?」
「はぁ……」
おもわず額を抑える。
こいつと絡むと疲れるので、もう放っておこう。
なんで、こいつといい、大家といい、俺の周りには疲れる連中しかいないのか。
どうなってんだよ、世界は。総人類ウザい化計画とか進めてるんじゃないだろうな?
「すみません、遅くなりまし……あっ!」
そのとき、澄んだ綺麗な少女の声がした。
「あっらぁ、5分遅刻よぉ? 今度から気をつけなさぁいねぇ?」
「す、すいません!」
肩にかかる程度の長さで、染めているのか、非常に綺麗な白い髪。
余計な化粧をしていないのだろうが、あまり日に当たっていない白い肌に澄(す)んだ黒い瞳が、髪にとても似合う。
細い眉は、まるで彼女を聖母のように仕立て上げ、左の泣きボクロがさらに彼女の穏(おだ)やかな目を強調しているのだが、どことなく暗い雰囲気を持っており、ミステリアスな美しさを感じる。
さらに、全体的に細い身体だが、細すぎず、すらりとした体型に似合った控えめな胸が、彼女の美貌(びぼう)を引き立てている。
そう、彼女こそ、シックス・トゥエルブに舞い降りたコンビニの天使、霧島さん。きっと読み方は「きりしま」と読むのだろう。本人に聞いたことがないから間違ってるかもしれないけど。「むとう」、とは読まないよな、たぶん。
今の一番の目標は、彼女の下の名前を聞くことだ。あぁ、いつかきっと、聞いてやるさ。いつかな。だがそれは今ではない。
「んじゃ、これ」
レジが脳筋オカマ店長から天使たんに変わったので、早速『焦がし醤油のチャーハン』とコーラ、それからコスパで選んだ大きい『焼きそばゴヴァーン』を持っていく。
無愛想な我らが天使様は、無言でレジを打っている。
きっと、この天使様だって、心の中では笑っているのかもしれない。そりゃそうさ。だって、俺はニートで、彼女は立派にアルバイトをしている。きっと、学生さんなんだろうな。まだ若そうだし。にもかかわらず、この俺と違って、社会に出ているのだ。
アルバイトという職業訓練をしているのだ。俺にはどう頑張ってもできない。
なぜなら、――俺は社会不適合者なんだから。
笑えばいい。彼女もきっと――後ろ指をさすようなやつらと変わらないのだ。
――何故、俺は生きているんだろう。
漠然(ばくぜん)とそんなことを考えながら、無言でレジ打ちの様子を眺める。
「七五六円になります」
無言で折れ曲がった千円札を置いた。
「千円のお預かりです」
彼女を見ると、その美しさに心が安らぐ反面、彼女にどう思われているのか、その恐怖と、それを通り越した悲壮感を感じてしまう。
だから、店長と違って必要以上の会話が出来ない。
それが――少しだけ苦しくて。少し辛くて。まるで喉元(のどもと)に魚の骨が引っかかったときのような、ちくりとした痛みを、いつも胸で感じている。
きっと彼氏とかいるんだろうな、とか、バレンタインには乳繰(ちちく)りあってるんだろうな、とか思うと、そんなことを考えているのがなんか情けなくなってきて。
そしていつも苦しくなって。
早く終わらせて、また掲示板に戻ろう。くだらない書き込みをして時間を潰そう。そう、また無意味な日常に戻るんだ。それだけが、今の俺の、使命なのだから。
そんなどうでもいいことを、商品を袋へ入れる彼女の手元を見ながら考える。
あぁ、それにしても。きれいな指だなぁ。眼福眼福。
「あっ、お弁当温めますか?」
いや、それ入れる前に聞けよ! と思いつつ顔を上げる。
自然と目が合い――
照れくさくなって、目を逸(そ)らすように頷いた。
レンジの開く音が聞こえ、ノイズ混じりの稼働音が響く。
くそう、やっぱかわいいじゃねぇか。畜生。
でも、腹の中では何を考えているのかわからない。
どうせ、お前だって、その辺を歩いている連中とかわらないんだろ?
俺のことを馬鹿にして、自分たちが少し現実を楽しめるからって、いい気になってんだろ?
別にいいけどさ。もう、いろいろ諦めてるから。
「……」
「……」
お互いが無言のまま、時間が過ぎていく。
無機質なファンの音が止み、電子レンジが終了を知らせる鳴き声をあげた。
暖められたチャーハンを別の袋へ詰め込むと、ふたつのビニール袋を差し出してくる。
「どうぞ」
差し出された袋を掴む。
さっさと帰ろう。ここにいると、自分の惨(みじ)めさと彼女の美しさでどうにかなってしまいそうだ。
「あの! えっと……今日、2月13日ですね」
えっ?
「あっ、う、うん」
いきなり話しかけてくるなんて。なんだよ、今までこんなことなかったのに!
なんだこれ、やばい、え、何か話した方が、いいのか!?
「その、えっと、ご飯! ちゃんとしたもの食べた方がいいですよ。ほら、健康とか、気をつけないと。栄養偏(かたよ)っちゃうし。いつもお兄さん、コーラばっかり飲んでるし。カップ麺とか、その、あんまり健康によくないです」
微笑みながらこちらを見つめてくる。あぁ、心が浄化される。まぶしい。
いや、そんなじっと見ている場合じゃないぞ。まずい。頭が真っ白になっていく。ええっとなんて返せばいいんだ?
「……も、……とか………なら、よかったら……で……とか……ですか?」
何か喋ってる。でも音が耳から抜けて頭に入ってこない。
話さなきゃ。何か、話さなきゃ! でも、何も浮かばない。えっ、どうしよう!
ヤバいぞ。これは!恥ずかしくなってきた。だぁあああ、もうだめだ!
「あっ! ちょっと!」
うまく話すことができない。それが恥ずかしくて。逃げるようにコンビニを飛び出した。
そして、お釣りを受け取るのを忘れていたことに気づいたのは、家についてからだった。
……散々な日だ。
二月十三日――きっと俺は、この日を一生忘れることはないだろう。
なぜなら――